2019年8月3日土曜日

フジファブリック「若者のすべて」 夏の日差しと翳りに包まれた青春のすべて




若者のすべて

フジファブリック

2007



年齢を重ねて良かったと思えることのひとつは、夏の終わりの歌を夏の始まりに聴けること。

季節なんて関係なく音楽を聴くことができますが、なぜか「この曲は、8月3日頃になると聴きたくなる」なんていうのがあります。

私は夏が好きですが、もっとも好きなのは初夏で、6月の頃です。

夏至に向かう日々が、日の長さの明るさに包まれていて、雨でも晴れても気分が良くなります。夏至が過ぎると、夏が通り過ぎたような淋しさを感じてしまって、むしろ焦燥感に近い感覚になることが多いです。

それでも記憶をたどれば、8月の終わり頃の合宿や、秋の体育祭までもが夏の日差しに包まれているようによみがえってしまいます

いろんなことを忘れて、それでも強烈に覚えていることもあって、あれもこれもミックスされているのが記憶の中の夏です。

10代の頃、あれを青春と呼んで差し支えないんだろうな、という数々の出来事。すべてがノンフィクションでありながら、どこでどのように盛られてしまったのかフィクションのようにも感じられてしまいます。あの頃、こんなに日差しが痛かったかな。曖昧です。





フジファブリック「若者のすべて」2007年のリリース


そうだっけ? 

私の中では「桜の季節」「陽炎」「赤黄色の金木犀」「銀河」のシングルに続く流れの中で聴いていたような印象があります。遅くとも、2006年には耳にしていたんじゃないかっていう、そういう記憶です。記憶って、いいかげんだなあ。


自分が思っていた以上に、フジファブリックの音楽に夢中になっていたんだな、って感じています。当時、よく立ち寄っていたCDショップの視聴コーナー。ヒップホップやラップが多かった気がするので、フジファブリックの「バンドが演奏する音」の心地良さが際立っていました。




PVは短編映画


PVは短編映画みたいで、何度も何度も繰り返して中毒状態。とくに初期シングル4曲は、最高傑作です。PVクリップ集を買ったはず。でも、どこにあるんだろう? パソコンにDVDレコーダーをつなげて観てました。そうそう、DVDは最初のうちはプレステで再生してたんだっけ。


「桜の季節」


「陽炎」

「赤黄色の金木犀」

「銀河」





「若者のすべて」


「若者のすべて」を聴いていると、『言わない何か』の素晴らしさに打ちひしがれてしまいます。素晴らしい歌詞ですよね、でも何かを言っていないのです。そんな気がします。いちばん大切なことを言っていない、だからこそ伝わってきてしまう。そんな感じがしています。


歌を聴き終わってから、あらためてタイトルを読んでみます。「若者のすべて」

まさに、すべてです。


同時に、とんでもなく個人的で、ありふれた出来事の記憶が鮮明に蘇えってきます。

なんでこんなことを覚えているんだろう。そんなふうに感じてしまうことも多いです。次に思い出すのは、いつなのかわかりません。

何度も記憶が「再生」されるうちに、どこまでが事実で、どこからが新たな脚色なのか、もはや自分では判断が困難です。だから楽しむようにしています。思い出が蘇えってきたら、精神的な旅行をしているようなもの。過ぎ去った青春のすべてが、超個人的な映画なのですよ。上映時間、ほんの数秒。せいぜい4分。




夏の日差しと翳りのコントラストの美しさ


2000年代は、パソコンにハマッてしまい、オンラインゲームに入れ込んで、チャットしながら音楽を聴いていました。ボーカロイドも流行り始めていましたが、バンドの演奏のほうが好きでした。と言いつつ、しだいにゲーム音楽に夢中になっていきましたので、どれが好きかじゃなくて、どれも好きなのです。

しばらく聴かなくなっても、それは飽きたからではありません。旅行から帰ってきただけのこと。またいつか出かけることだって、あるでしょう。

夏の日差しと翳りのコントラストの美しさは、今年も強烈に感じ取れています。

一年に一度、めぐってくる季節。

今年は今年の夏。今年だけの夏です。




すばらしい夏を! VIVA!!

written by 水瀬次郎



フジファブリックの「陽炎」 すぐそこにある夏の情景











2 件のコメント:

  1. 気温が上がると、夏の歌が聞きたくなるのでしょうか。暑さが和らいで来たときに、夏の終わりの歌が街で流れているような気がします。

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    1. 冷夏と猛暑で違いがあったりするのでしょうか。ようやく暑くなってきた気がしますが、極端な暑さですね。

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