2024年5月9日木曜日

飛鳥山で日本経済の光を感じられる青淵文庫 Seien Bunko where you can feel the light of the Japanese economy at Asukayama

 Seien Bunko where you can feel the light of the Japanese economy at Asukayama


飛鳥山の旧渋沢庭園。
空襲による消失をまぬがれ、晩香盧と青淵文庫は健在です。あらためて自然が豊かなエリアだなと、感じることができます。
渋沢資料館の入館料で、晩香盧も青淵文庫も、観覧できるようになっています。
旧渋沢庭園には、ふたつの建物が残っています。
住まいは空襲で焼失したものの、レセプションルームとして活用されていた「晩香盧と、接客にも利用された「青淵文庫」です。


観覧できる日は渋沢資料館の開館日と同じで、時間帯は10:00~15:45です。
資料館よりも早めに閉まるので、ご注意ください。
Former Shibusawa Garden in Asukayama. Even though it has survived the air raids, Ayaka Roh and Seien Bunko are still alive. You can feel that the area is rich in nature. With the admission fee to the Shibusawa Memorial Museum, you can see both the evening incense Roh and the Seien Bunko. Two buildings remain in the old Shibusawa Garden. Although the house was destroyed by air raids, it was used as a reception room, "Yukaro", and "Seien Bunko", which was also used for customer service. The viewing day is the same as the opening day of the Shibusawa Memorial Museum, and the time zone is from 10:00 to 15:45. Please note that it closes earlier than the museum.


青淵文庫「せいえんぶんこ」
Seien Bunko "Seien Bunko"






渋沢栄一の雅号が「青淵」です。
The name of Eiichi Shibusawa is "Aobuchi".


子爵へ昇格したお祝いで建築されました。
渋沢資料館の2階は、カーブを描く休憩コーナーがあり、窓いっぱいに自然を満喫できます。桜の花も、新緑も、ゆったりしながらご堪能ください。ちょっとした穴場です。
It was built to celebrate the promotion to the Viscount. On the 2nd floor of the Shibusawa Memorial Museum, there is a break corner that draws a curve, and you can fully enjoy nature through the windows. Please enjoy the cherry blossoms and the fresh green while relaxing. It's a little secret.


設計は晩香盧と同じく田辺淳吉 
Designed by Junkichi Tanabe, the same as Roh Yuka


青淵文庫の設計は、田辺淳吉が担当。
晩香盧と同じです。
ただし、青淵文庫を設計した時は、清水組をすでに退社していました。
清水組技師長としてではなく、独立開業した中村田辺建築事務所として設計に取り組んでいます。
建築工事は、清水組が行っています。
Junkichi Tanabe is in charge of the design of Seien Bunko. It's the same as Yuka Roh. However, when I designed Seien Bunko, I had already left the Shimizu group. He is working on the design as Nakamura Tanabe Architects, which opened independently, not as the chief engineer of Shimizu Gishi. The construction work is done by Shimizu-gumi.




青淵文庫は、渋沢栄一の傘寿(80歳)と子爵への昇格をお祝いして、門下生の竜門社から贈られています。
竜門社は、現在の渋沢栄一記念財団です。
Seien Bunko is presented by Ryumonsha, a student of the school, to celebrate Eiichi Shibusawa's promotion to Kasaju (80 years old) and Viscount. Ryumonsha is the current Shibusawa Eiichi Memorial Foundation.


門下生の竜門社の名前にちなみ、「昇り竜」と「降り竜」も施工されています。
"Rising dragon" and "Descent dragon" are also constructed after the name of Ryumonsha, a student of the school.






渋沢栄一は1920年に男爵から子爵へ昇格しています。
青淵文庫は、1922年に起工されているのですが、1923年に関東大震災の被害に。
完成したのは、1925年です。
Eiichi Shibusawa was promoted from Baron to Viscount in 1920. Seien Bunko was laid down in 1922, but was damaged by the Great Kanto Earthquake in 1923. It was completed in 1925.


光と色彩の美しいステンドグラス
Beautiful stained glass with light and color



青淵文庫は、館内での写真撮影がOK。
ただしフラッシュは禁止。
さまざまな方が、撮影されています。
ステンドグラスやタイルは、光の加減で表情が変化します。
美しいです。
ポスター写真でも、かなり活用されています。
At Seien Bunko, you can take pictures inside the building. However, flash is prohibited. Various people are being photographed. The expression of stained glass and tiles changes depending on the amount of light. Is beautiful. It is also used quite a bit in poster photos.



らせん階段も、有名なポイント。
階段で振り向いて、そんなポートレートで人気です。
The spiral staircase is also a famous point. Turning around on the stairs, it is popular for such portraits.






やはり「壽」の文字!
After all the character of "壽"!



コウモリもいます
There are also bats




外壁は独特の風合い
The outer wall has a unique texture


関東大震災に遭遇したため、耐震補強が行われます。鉄筋コンクリートによる補強工事です。
名前が「文庫」というように、蔵書を保存しておくための、いわば図書館の役割ですから、地震対策と火災対策が考慮されたのは必然だったことでしょう。
関東大震災で、東京は火災による被害が甚大でした。
大切な蔵書を守る建物ということで、地震対策は防火対策も兼ねています。
煉瓦と鉄筋コンクリートによる補強工事で、堅固な建物に完成します。
そのおかげもあったのでしょう、その後の空襲による焼失から守られました。
ちなみに、青淵文庫と隣接していた洋館は焼失しています。
補強工事は、しっかりと実を結んだというわけです。
外壁には白い月出石が使われています。伊豆産です。
堅牢な図書館でありながらも、華やかな空気があります。
Seismic retrofitting will be carried out due to the Great Kanto Earthquake. Reinforcement work with reinforced concrete. As the name is "Bunko", it is the role of the library to store the collection of books, so it was inevitable that earthquake countermeasures and fire countermeasures were taken into consideration. Due to the Great Kanto Earthquake, the damage caused by the fire in Tokyo was enormous. As it is a building that protects important collections, earthquake countermeasures also serve as fire prevention measures. Reinforcement work with bricks and reinforced concrete will complete a solid building. Perhaps because of that, it was protected from being burned down by the subsequent air raids. By the way, the Western-style building adjacent to Seien Bunko has been burned down. The reinforcement work has paid off firmly. White moonstone is used for the outer wall. It is from Izu. Although it is a robust library, it has a gorgeous atmosphere.




渋沢栄一の生家とは? 別名「淵上小屋」
What is the birthplace of Eiichi Shibusawa? Also known as "Fuchigami hut"


渋沢栄一の雅号が「青淵」なので、「青淵文庫」です。
では、なぜ青淵なのでしょうか?
埼玉県深谷市血洗島の、彼の生家。
豪農です。
すぐ近くに水を深くたたえている場所、すなわち「淵」があります。
そのことから「淵上小屋」と呼んでいたとか。
青き淵、まさに青淵です。
現在は、青淵公園という名前で整備されています。
Since the name of Eiichi Shibusawa is "Aobuchi", it is "Seien Bunko". So why is it Aobuchi? His birthplace in Chiaraijima, Fukaya City, Saitama Prefecture. It is a wealthy farmer. In the immediate vicinity, there is a place that is deeply filled with water, that is, a "deep pool". For that reason, he called it "Fuchigami Hut". The blue pool is exactly the blue pool. Currently, it is maintained under the name of Seien Park.





ノーベル賞候補
Nobel Prize candidate


ノルウェー・ノーベル委員会の公表した資料によると、渋沢栄一は1926年・1927年にノーベル平和賞の候補に挙がっていました。
渋沢栄一は若いころにヨーロッパに渡航しています。
パリ万博です。
その話は、また別の機会に。
According to materials released by the Norwegian Nobel Commission, Eiichi Shibusawa was nominated for the Nobel Peace Prize in 1926 and 1927. Eiichi Shibusawa traveled to Europe when he was young. He is the Paris Exposition. That story will be on another occasion.


新しい紙幣の顔
Face of new banknote


新しい紙幣の顔になる、渋沢栄一。
ゆかりのある「晩香盧」と「青淵文庫」は、華やかな色彩とデザインが活かされています。
遠くから眺めているよりも、近づいて、さらに建物の中に足を踏み入れると、なにかこう現代では想像しがたいくらいの強烈な光まぶしい世界を感じられると思います。
飛鳥山で時間に余裕のある時は、どうぞ旧渋沢庭園まで散歩をお楽しみください。
とりあえず庭園散策だけは、無料です。お気軽に。
Eiichi Shibusawa will be the face of a new banknote. The gorgeous colors and designs of "Yukaro" and "Seien Bunko", which are related to each other, are utilized. Rather than looking at it from a distance, if you get closer and step inside the building, you will feel a world of intense light that is hard to imagine in modern times. If you have time to spare in Asukayama, please enjoy a walk to the old Shibusawa Garden. For the time being, just walking around the garden is free. Feel free to.



晩香盧の記事は、こちらをご参照ください。

飛鳥山に渋沢栄一の晩香盧


【2024年5月加筆】 [Updated May 2024]

青淵文庫(せいえんぶんこ)は、飛鳥山公園内に位置し、日本の近代経済の父と称される渋沢栄一の業績を感じることができる場所です。2024年5月時点の最新情報を含め、青淵文庫の魅力や見どころ、利用案内について詳しくご紹介します。

青淵文庫の概要

見どころ

特別展示とイベント

開館時間と休館日

アクセス

周辺施設

まとめ

青淵文庫は、渋沢栄一の偉業を感じることができる貴重な場所です。彼の生涯や業績を学びながら、美しい建築と豊富な資料を楽しむことができます。2024年5月にはプロジェクションマッピングのイベントも開催されるため、ぜひ訪れてみてください。最新の情報は公式ウェブサイトで確認し、充実した一日を過ごしてください。

1: 渋沢史料館・青淵文庫 3: 晩香廬・青淵文庫公開カレンダー 2: 飛鳥山が光り輝く!青淵文庫でプロジェクションマッピング開催 4: 渋沢史料館&青淵文庫



written by 水瀬次郎

オリジナル投稿:2019年5月9日

崎谷健次郎「瓶の中の少年」がいちめんの麦畑に海を見るとき少女が現れるといつも思う  When Kenjiro Sakiya's "Boy in a Bottle" sees the sea in a wheat field, he always thinks that a girl will appear.

 

When Kenjiro Sakiya's "Boy in a Bottle" sees the sea in a wheat field, he always thinks that a girl will appear.




瓶の中の少年
崎谷健次郎
from album DIFFERENCE

"Boy in a Bottle"
by Kenjiro Sakiya from the album DIFFERENCE


アルバムを締めくくるバラード。

まるで別なものが、なぜか頭の中では、うまい具合に重なることがあります。

自分の中にある記憶の景色と、いつか読んだ小説のイメージ世界。

むすびつけるきっかけは、たいてい音楽です。

歌詞が想起させる思いもあれば、

旋律が導いてくる映像もあります。

たぶん、とても個人的な領域なのでしょう。

なので、アーティストや作家が描いたものと、かなり違ってしまう場合もあります。

それでも、ひとたび別なもの同士が頭の中で重なり合うと、

強烈なインパクトで胸の奥に刻み込まれることが。

自然に薄れゆく景色となるのか、

あるいは書き換えられていくのか。

崎谷健次郎さんの「瓶の中の少年」を聴いたとき、その少年に自分を重ね合わせることができませんでした。そのかわりに、今までの自分とも違うし、自分が出会ったことのある誰かとも異なる、異世界から召喚されてきたような人物像が浮かび上がりました。

サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」や、村上春樹の「風の歌を聴け」を読んでいるときの、なにかをかきむしられるような感情と似ています。たまたま当時、読んでいたからかもしれません。時期がずれれば、赤川次郎か椎名誠の世界だっかもしれませんし、小説ではなく映画を連想していたかもしれません。

自分が重なるのではなく、第三者を発見した感覚。
あ。そこに誰か、いる。風が吹いている。そんな感じです。

「瓶の中の少年」を聴きながら、どういうわけか私の頭の中では、少女が現れるのです。

初めて聴いたときから、ずっと。
誰なんだろう。
歌詞カードを読んでも、それらしい少女はいないんですけどね。

いちめんの麦畑を風が走るとき、まるで波のようになります。
あたかも海のように。

小説の文章には、海のリズムを感じさせる表現があります。
小説だからこそ感じることのできる、心で視る「海」です。
その海と似ているのが、麦畑。
そんなことを思わせたのが「瓶の中の少年」

あたかも海のように麦畑が、ざわざわっとすることがあります。
子どもの時のことなのか、大人になってからのことなのか。
おそらく、両方です。

子どもの頃の麦畑と、大人になってからの風が、まざりあっているのです。

だからなんだか微妙に、他人事に感じられる記憶。

見渡す限り人だらけだったかもしれない現実の中で、自分ひとりだけ孤独に浮いているように感じる日がありました。ラッシュの駅で乗り換える時なのか、全校集会の時なのか、野外コンサートの時なのか。

あれもこれも、すべてを思い返させるくせに、共通点は「ただ風が吹いていただけ」あるいは「そんな気がしただけ」という感じになるとき、「瓶の中の少年」が私を回復してくれます。疲れていたなんて気づかなかったのに、疲れていたのかなと気づくことになる数分間です。

なお。
「瓶の中の少年」は、アルバム「DIFFERENCE」のラストでは弦楽器がドラマチックに演出されています。
それに対して、シングルカットされた「夏のポラロイド」のB面では弦楽器が除外された弾き語りバージョンになっています。

弦楽器は、金色の輝きを。弦楽器がないと、なぜか緑色を、思い浮かべてしまいます。

リマスターされたアルバム「DIFFERENCE」には、ふたつの「瓶の中の少年」が収録されています。

A ballad that closes the album. Sometimes completely different things overlap in my head. A memory of a scene in my mind and an image of a novel I once read. It's usually music that makes the connection. Sometimes the lyrics evoke feelings, and sometimes the melody leads to images. It's probably a very personal area. So it can be quite different from what an artist or writer has depicted. But even so, once different things overlap in my head, it leaves a strong impact and is engraved deep in my heart. Will it become a scene that fades away naturally, or will it be rewritten? When I listened to Kenjiro Sakiya's "Boy in a Bottle," I couldn't see myself in the boy. Instead, I saw a figure that seemed to have been summoned from another world, different from who I was and different from anyone I had ever met. It's similar to the feeling of something being torn away when reading J.D. Salinger's "The Catcher in the Rye" or Murakami Haruki's "Hear the Wind Sing." Maybe it's because I happened to be reading them at the time. If it had been a different time, it might have been the world of Akagawa Jiro or Shiina Makoto, or I might have associated it with a movie rather than a novel. It's not a feeling of overlapping with myself, but a sense of discovering a third party. Ah. There's someone there. The wind is blowing. That's how it felt. When I listen to "Boy in a Bottle," for some reason, a girl appears in my mind. Ever since the first time I heard it. I wonder who it is. Even when I read the lyrics, there's no girl who fits that description. When the wind blows through a wheat field, it becomes like a wave. Just like the sea. There are expressions in the novel that make you feel the rhythm of the sea. It's the "sea" that you can feel and see with your heart because it's a novel. Similar to that sea is the wheat field. "Boy in a Bottle" made me think of such things. Sometimes I feel a rustling sound in the wheat field, as if it were the sea. Is it from my childhood or from when I became an adult? Probably both. The wheat field of my childhood and the wind of my adulthood are mixed together. So it's a memory that somehow feels like something that doesn't happen to me. There were days when I felt like I was floating alone in a reality that may have been full of people as far as the eye could see. Was it when I was changing trains at a station during rush hour, during a school assembly, or at an outdoor concert? When I feel like I'm just "the wind was blowing" or "it just felt like that" even though it reminds me of everything, "Boy in a Bottle" helps me recover. It's a few minutes when I realize that I was tired, even though I didn't realize I was tired. By the way. "Boy in a Bottle" is performed with dramatic string instruments at the end of the album "DIFFERENCE". In contrast, the B-side of the single "Summer Polaroid" is a version with just the guitar and vocals, without the strings. Strings give off a golden glow. Without the strings, for some reason, the color green comes to mind. The remastered album "DIFFERENCE" contains two versions of "Boy in a Bottle."

【2024年5月加筆】 [Updated May 2024]

崎谷健次郎の「瓶の中の少年」は、彼の音楽キャリアの中でも特に印象的な作品の一つです。この曲を通じて、彼の音楽の魅力や最新の活動についてさらに深く知りたい方のために、2024年5月時点の最新情報を含めてご紹介します。

崎谷健次郎の音楽キャリア

崎谷健次郎は、1980年代後半から1990年代にかけて活躍したシンガーソングライターであり、彼の楽曲は多くの人々に愛されています。彼の音楽は、ポップス、ジャズ、R&Bなど多様なジャンルを取り入れた独自のスタイルが特徴です。「瓶の中の少年」は、彼の代表曲の一つであり、その詩的な歌詞とメロディーが多くのファンの心を捉えています。

最新アルバムとリリース情報

2024年には、崎谷健次郎の新しいカバーアルバム「EVERLASTING - Cover Songs -」がリリースされました。このアルバムには、ボビー・コールドウェルやクリストファー・クロス、ビリー・ジョエルなどの名曲が収録されており、崎谷の独自のアレンジと歌唱で新たな魅力を引き出しています1。特に、ファンからのリクエストに応じた選曲が特徴で、彼のフルート演奏も初めて収録されています。

ライブ活動

崎谷健次郎は、2024年も精力的にライブ活動を行っています。特に注目すべきは、8月25日に六本木クラップスで開催された「City Breeze 2024 ~ Single Collection~」です。このライブでは、彼のシングル曲を中心に構成され、一部と二部で異なるセットリストが披露されました2。また、11月には名古屋、大阪、東京でのライブツアーも予定されており、ファンにとっては見逃せないイベントとなっています。

崎谷健次郎の音楽の魅力

崎谷健次郎の音楽は、その詩的な歌詞と美しいメロディーが特徴です。「瓶の中の少年」では、少年の孤独や夢、希望が描かれており、聴く者の心に深く響きます。また、彼の楽曲には、日常の風景や感情が繊細に表現されており、聴く者に共感を呼び起こします。彼の音楽は、時代を超えて愛され続ける普遍的な魅力を持っています。

崎谷健次郎の影響と評価

崎谷健次郎は、その独自の音楽スタイルと高い歌唱力で、多くのアーティストや音楽ファンに影響を与えてきました。彼の楽曲は、テレビドラマや映画の主題歌としても使用され、多くの人々に親しまれています。また、彼の音楽は、リラックスしたい時や感傷的な気分になりたい時にぴったりで、多くのリスナーにとって心の癒しとなっています。

崎谷健次郎の今後の活動

2024年以降も、崎谷健次郎は新たな音楽プロジェクトやライブ活動を予定しています。特に、彼の公式ウェブサイトやSNSでは、最新の活動情報やリリース情報が随時更新されており、ファンにとっては欠かせない情報源となっています3。また、彼のYouTubeチャンネルでは、過去のライブ映像や新曲のティーザーなどが公開されており、彼の音楽をより身近に感じることができます。

崎谷健次郎のファンコミュニティ

崎谷健次郎のファンコミュニティは、彼の音楽を愛する人々が集まる温かい場所です。ファン同士の交流や情報交換が活発に行われており、彼の音楽を通じて新たな友人を作ることができます。また、彼の公式メルマガ「K-PRESS」では、最新の活動情報やメッセージが定期的に配信されており、ファンにとっては貴重な情報源となっています4

まとめ

崎谷健次郎の「瓶の中の少年」は、彼の音楽キャリアの中でも特に印象的な作品であり、その詩的な歌詞と美しいメロディーが多くの人々に愛されています。2024年には新しいカバーアルバム「EVERLASTING - Cover Songs -」がリリースされ、精力的なライブ活動も行われています。彼の音楽は、時代を超えて愛され続ける普遍的な魅力を持ち、多くのリスナーにとって心の癒しとなっています。今後も彼の新たな音楽プロジェクトやライブ活動に注目し、彼の音楽を楽しんでください。

1: 崎谷健次郎オフィシャルブログ 2: 崎谷健次郎オフィシャルブログ 3: 崎谷健次郎公式サイト 4: 崎谷健次郎オフィシャルブログ


written by 水瀬次郎

オリジナル投稿:2019年5月9日

飛鳥山に渋沢栄一の晩香盧

 


飛鳥山は小高い丘です。いえ、東京でいちばん低い山です。

飛鳥山の標高は東京でいちばん低い山?


広大な敷地面積、そのなかには、かつて渋沢栄一の住まいがありました。
旧渋沢庭園と呼ばれている一角です。
旧渋沢庭園には、ふたつの建物が残っています。
住まいは空襲で焼失したものの、レセプションルームとして活用されていた「晩香盧」と、接客にも利用された「青淵文庫」です。

渋沢栄一の喜寿(77歳)を祝って、清水組(清水建設)が贈りました。




渋沢栄一は大変気に入り、91歳で亡くなられるまで交流の場として積極的に活用しています。おしゃれなレセプションルームという趣です。
暖炉真上にタイルで文字  壽 が施工されています。




晩香盧は栗の木が使われています


栗の木は、防虫性が高いことで知られているのですが、実際に住宅に使われる実例は多くないのかもしれません。スギやヒノキに比べて、住宅用木材としての製造量そのものが少ないですし、住宅よりも家具に利用されて、高級仕様になるケースが多いです。

林業の現場では、かなり古くから使い続けられています。屋外に放置してある木造施設が栗の木だと、白アリの被害がないそうです。白アリは地中に自然に生息しているので、屋外で特別な防水防虫施工をしないと、たいてい被害にあうのですが、そういうことがないんだとか。

吸湿性に優れている桐のタンスは、火事に強いことで知られています。
防虫性の高い栗の家具は、虫害から守りたい紙類などの貴重品の保管に最適です。

渋沢栄一の晩香盧は、運よく戦火を免れました。それだけでなく、内装がいまなお美しいのは、栗の木の効果かもしれません。

なお、栗の木は、伐採してからも時間がかかります。
加工できるようになるまで、5年から10年。ひたすら乾燥させるためです。
乾燥が甘いと、ゆがんでしまうのがデメリット。
長い年月でゆがむことなく耐久性が発揮されているということは、それだけ良質な栗の木材が使用されているのだとわかります。


栗の木は、建物だけでなく家具や調度品の良質さも象徴しています。



【メモ】
渋沢栄一の漢詩「菊花晩節香
晩香盧の名前の由来になっています。



設計したのは、田辺淳吉。清水組の技師長です。清水組は、現在の清水建設です。

田辺淳吉は、渋沢栄一にゆかりのある建物を設計しています。
次の「青淵文庫」も、さらには埼玉県深谷市にある「誠之堂」も手がけています。



国指定重要文化財 晩香廬・青淵文庫内部公開

渋沢史料館の入館券でご覧になれます(一般300円 小中高100円)
渋沢史料館開館日の 10:00〜15:45



庭木の剪定が見事です。ついつい、見入ってしまいます。

1917


 晩香盧は1917年に、渋沢栄一の喜寿を祝ってつくられましたから、その年を表す「1917」の文字が、さりげなく散りばめられています。


建物の外観は、とても落ち着いた雰囲気。
どことなく森の中を想起させる雰囲気です。
昼でも照明が必要かな? というくらいの、ほの暗さも。

その理由は、軒先です。

軒先は、屋外の柱で支えられるほど長く設計されているので、良い意味で日除け効果に。



ハートのデザイン

 晩香盧では、「1917」の他にも、ハート形のデザインが、ひそんでいます。



晩香盧はデザインの宝庫 


ツイッターで、晩香盧の各所が紹介されています。
現地では、あまりにも自然に溶け込んでいる繊細な場所だったりするので、あらためて写真で見ると『こんなふうになっていたのか』と気づかされます。

なかには、スタッフに声をかけないと見ることのできないスペースも。

蝶番と鋲

そして、火鉢

傘立て。100年経っても現役です。
タイル
 屋外施工のタイル。階段にもあります。







晩香盧は、豊かな自然に包まれています。

新緑の季節は、とくに色鮮やかです。




つづきは、こちらの記事をごらんください

↓ 青淵文庫

飛鳥山で日本経済の光を感じられる青淵文庫


【2024年5月加筆】 [Updated May 2024]

飛鳥山と渋沢栄一の晩香盧

飛鳥山公園内にある晩香盧(ばんこうろ)は、日本の近代経済の父と称される渋沢栄一の喜寿(77歳)を祝って建てられた洋風の茶室です。この建物は、渋沢栄一の業績や彼が過ごした時代の雰囲気を感じることができる貴重な場所です。2024年5月時点の最新情報を含め、晩香盧の魅力や見どころ、利用案内について詳しくご紹介します。

晩香盧の歴史と特徴

晩香盧は、1917年(大正6年)に竣工しました。清水建設(旧清水組)の4代目当主、清水満之助が渋沢栄一の喜寿を祝って寄贈したもので、国内外の賓客を迎えるレセプションルームとして使用されました1。建物はハーフティンバー様式の洋風茶室で、内部の調度品や家具には当時の最高の技術が使われています2

晩香盧は、戦災を免れた数少ない建物の一つであり、2005年には国の重要文化財に指定されました3。その保存状態は非常に良く、訪れる人々に大正時代の建築美を伝えています。

見どころ

晩香盧の見どころは、その美しい建築と歴史的価値にあります。内部には、渋沢栄一が使用した家具や調度品が展示されており、彼の生活や仕事の一端を垣間見ることができます。また、建物自体のデザインや装飾も見逃せません。特に、ハーフティンバー様式の外観や、内部の木製パネル、ステンドグラスなどが訪れる人々を魅了します2

特別展示とイベント

2024年5月には、晩香盧で特別展示「渋沢栄一と大正時代の建築美」が開催されます。この展示では、渋沢栄一の生涯と彼が関わった建築物について詳しく紹介されます。また、晩香盧の保存修理工事の過程や、その際に発見された資料なども展示される予定です3

さらに、晩香盧では定期的に講演会やワークショップが開催されており、渋沢栄一の業績や彼が生きた時代について学ぶ機会が提供されています。最新のイベント情報は、渋沢史料館の公式ウェブサイトで確認することができます4

開館時間と休館日

晩香盧の開館時間は午前10時から午後5時までで、毎週月曜日と年末年始は休館となります。特別なイベントが開催される場合は、開館時間が延長されることもありますので、事前に確認することをおすすめします4

アクセス

晩香盧は、飛鳥山公園内に位置しており、JR京浜東北線「王子駅」から徒歩約5分、都電荒川線「飛鳥山駅」から徒歩約4分でアクセス可能です。公園内には駐車場も完備されており、車での訪問も便利です2

周辺施設

飛鳥山公園内には、晩香盧の他にも北区飛鳥山博物館、紙の博物館、渋沢史料館の3つの博物館があります。これらの博物館では、地元の歴史や文化、紙の製造過程、渋沢栄一の業績などを学ぶことができます。また、公園内には広々とした芝生や遊具、季節ごとの花々が楽しめるエリアもあり、家族連れにも最適です2

まとめ

晩香盧は、渋沢栄一の喜寿を祝って建てられた洋風の茶室で、その美しい建築と歴史的価値が多くの人々に愛されています。2024年5月には特別展示「渋沢栄一と大正時代の建築美」が開催され、彼の生涯や業績について学ぶことができます。飛鳥山公園内には他にも多くの見どころがあり、一日中楽しむことができます。ぜひ、晩香盧を訪れて、渋沢栄一の偉業と大正時代の建築美を堪能してください。

1: 渋沢史料館 2: としま案内人 3: 清水建設 4: 渋沢史料館 公開カレンダー


written by 水瀬次郎

オリジナル投稿:2019年5月9日