2026年1月20日、首都圏の工作機械メーカーの元社員(30代)が、在日ロシア通商代表部の元職員(30代)に営業秘密を口頭で漏らしたとして、不正競争防止法違反(営業秘密開示)の疑いで書類送検されたと報じられました。警視庁公安部は、ロシア対外情報庁(SVR)関与の可能性がある「スパイ事案」とみて捜査。接触の“偶然”を装い、会食を重ね、現金を授受しつつ口頭で情報を引き出す――典型的な技法が指摘されています。同様の内容は、TBS系配信(Livedoor/Nifty経由)や読売新聞、日テレNEWS等でも報じられ、手口や経緯の細部に共通点が見られます。
1. 今回の事件の概要
・ロシア通商代表部元職員と日本人元社員の関係
報道によれば、在日ロシア通商代表部の元職員は日本語が堪能で、2023年春ごろ、元社員に「道を尋ねる」など偶然を装って接触。その後、首都圏の飲食店で少なくとも10回以上会食し、関係を深めたとされます。連絡先を交換せず、その場で次回の日時・場所だけを決めるなど、露見リスクを抑える運用が行われた模様です。
・どのような情報が漏洩されたのか
漏洩が疑われるのは、工作機械メーカーが「営業秘密」として管理していた新製品のアイデアや開発情報。内容は口頭での伝達が中心で、書類などの電子痕跡を極力残さない形だったといいます。軍事転用の可能性がある先端技術を含む領域で、関心が向けられていたとの指摘があります。
・捜査状況と書類送検の経緯
警視庁公安部は2026年1月20日に元社員とロシア元職員を東京地検に書類送検。元職員は既に帰国しており、出頭要請には応じていないと報じられています。書類送検は捜査結果を検察に送る手続で、今後、刑事責任の有無を地検が判断します。
2. ロシア側は「スパイ」だったのか? 手口の特徴
・道案内を装う“偶然の接触”という典型的手口
本件では、工場・オフィス前での「道を尋ねる」など偶然の邂逅を装った初動が特徴的です。過去の日本国内事例でも、夜の街での声掛けなど、非ビジネス環境での“自然な接触”から関係を構築するパターンが確認されており、典型的な HUMINT(人的情報収集)のアプローチと整合します。
・食事を重ねて信頼関係を構築するアプローチ方法
会食を月1回ペースで重ね、“相談相手・支援者”としての関係性を演出。質問を通じて徐々に技術的核心へ踏み込むスタイルが報じられています。謝礼としての現金(総額約70万円)が渡されたとされ、少額を積み上げながら心理的ハードルを下げる手法がうかがえます。
・なぜ口頭で漏洩が行われたのか(証拠を残さない狙い)
報道では、メール・電話・データ授受を避け、口頭説明を中心にすることでデジタル痕跡を抑制した点が強調されています。直接面会で情報と現金をやり取りするのも“証拠を残さない”ための典型的な技術とされます。
3. なぜ日本企業が狙われるのか:背景と目的
・軍事転用可能な先端技術への関心
工作機械や精密機械は、民生と軍事の双方に応用可能なデュアルユース技術の宝庫です。製造プロセスの微細化・高精度化に関する情報は軍需産業にも直結しうるため、標的化されやすい領域です。本件でも、軍事転用可能性への警戒感が示されています。
・過去のロシアによるスパイ事件との共通点
過去事例でも「偶然の接触」「会食での関係構築」「現金授受」「非デジタルでのやり取り」という共通項が指摘されてきました。大手通信会社社員がロシア通商代表部職員にそそのかされた2020年前後の案件や、旧来の防衛関連情報流出事案など、手口の連続性が報じられています。
4. 掲示板でも話題に:なぜ「スパイ防止法」が求められるのか
・現行の不正競争防止法との違い
現状、日本で企業秘密の不正取得・開示には不正競争防止法が適用されます。これは主として「営業秘密(技術・営業上の有用な情報で秘密管理・非公知・有用性の三要件を満たす)」の保護を目的とした経済法。対して、いわゆる「スパイ防止法」は、国家機密・安全保障上の秘情報への不正アクセスや諜報活動自体を処罰対象に据える安全保障法制の色彩が強いと整理されます。本件はまず不正競争防止法の枠組みで処理が進んでいます。
・スパイ防止法が導入された場合の影響
仮にスパイ防止法が制定されれば、国家機密の保全や外国情報機関の活動抑止を狙う一方、調査・取材・学術の自由や企業活動への萎縮効果が懸念されます。適用範囲・対象情報・手続的保障(令状主義、公益目的の扱い等)の設計次第で、抑止効果と自由のバランスが大きく左右されます。掲示板でも「必要性」と「過度な規制」の両面が議論されています。
・中小企業にはどんなリスクがあるのか
中小企業は機密管理リソースが限られがちで、「管理区分・アクセス権限・ログ監査・教育・契約」などの整備が遅れやすい一方、コア技術や加工ノウハウを持つ企業ほど狙われます。法制度の有無にかかわらず、日常的なセキュリティ態勢の強化が最優先課題です。
5. 企業が取るべき情報漏洩対策
・不自然な接触への対応と報告フロー
- 非ビジネス環境での声掛け・誘い:道案内、突然の会食招待、SNSでの巧妙なDMなど。
→ 「所属・目的・連絡先の確認」「一人で応じない」「上長・情報管理部門へ即時報告」を徹底。 - 面談・会食の記録化:日時・場所・相手・話題・支払者を簡易記録。企業ポリシーに則った接待規程の順守。
- 対外説明のガイドライン整備:公開情報と秘匿情報の境界を明文化し、口頭説明でも逸脱しない運用を訓練。
警察庁は「通常のビジネスシーンと異なる場で出会った相手は所属や連絡先を確認し、上司・会社へ報告。不審点があれば警察へ相談」と呼びかけています。
・飲食店や非公式な場での情報扱いの注意点
- “雑談”でも機密に近づけない:製品ロードマップ、未公表の課題・対策、独自ノウハウ、試作状況、購買先・顧客名など。
- 口頭・手書きメモ・紙資料も“情報漏洩”:口頭伝達であっても営業秘密開示に該当し得る。
- 支払い・謝礼の透明化:個人で受け取らない。社内規程で禁止・申告・事前承認のいずれかを明文化。
本件でも「口頭説明」「会食」「謝礼」という組み合わせが指摘されており、非公式の場が最も危険だと再認識が必要です。
・機密管理体制強化のポイント
- 分類とラベリング:営業秘密/社外秘/社内限定などの区分、データ・紙の両方に明示。
- 最小権限:開発・設計・生産のアクセス権を役割単位で細分化。口頭ブリーフも原則担当者限定。
- ログ監査:設計図・仕様書・試験データのアクセス・持出・印刷ログを定期監査。
- 対外発信統制:展示会・リクルーティング・見学受入れ時のFAQ集・禁話題リストを整備。
- 教育と通報窓口:年次研修に「人的アプローチ対策」を組み込み、匿名通報チャネルを設置。
- NDA/就業規則:秘密保持・副業・接待・利益相反・情報持出しの規程を最新化。
これらは中小企業でも段階的に導入可能で、費用対効果が高い“基礎防御”です。
6. まとめ:今回の事件から見える日本の課題
・企業の情報セキュリティ強化の必要性
不正競争防止法の適用が想定される範囲でも、人的アプローチによる口頭漏洩は発生し得ます。技術・営業の“雑談”が秘匿情報へ越境しないよう、個人依存ではなく「仕組み」で防ぐ体制が重要です。
・国際情勢の変化とスパイリスクの高まり
国際緊張が続くなか、デュアルユース技術を抱える製造業は引き続き高リスク。偶然装いの接触・会食・謝礼・非デジタル伝達という、露見しにくい手口への備えを強化すべきです。
・今後注視すべきポイント
- 検察判断と裁判の行方:営業秘密該当性(管理実態・非公知性・有用性)と「口頭開示」の立証。
- 政府・与野党の制度議論:経済安保・機密保護と、自由やイノベーションのバランス。
- 企業のベストプラクティス共有:業界横断のナレッジ化と中小企業支援施策。
事件はまだ司法手続の途上にあります。確定情報は今後の公式発表と裁判結果を待つ必要がありますが、企業としては「人的アプローチが最も弱い」という前提で、今日から実行できる対策を着実に進めることが肝要です。